【物語】

　都市は、ただ死んだのではない。昏睡に陥ったのだ。かつて何百万もの魂の営みで脈打っていた大動脈は沈黙し、摩天楼の尖塔は、巨大な墓標のように空を突き刺している。風が瓦礫の隙間を吹き抜ける音だけが、この地に残された唯一の子守唄だ。

だが、この廃墟の奥深く、大聖堂の地下に広がる大空洞――巨神の胸郭で、最後の心臓はまだ鼓動を続けている。

彼女は、この都市の住人ではない。彼女こそが、この都市の魂なのだ。フードの奥で、人ならざる黄色い瞳を輝かせる、永遠の少女。彼女は、この都市が滅びたあの日から、ただ一人、この儀式だけを続けてきた。彼女は、都市に残された最後の意識の断片であり、その再起動を司る、唯一無二の存在である。

彼女が立つ黄金の魔法陣は、単なる操縦席ではない。それは、都市の神経系統に直接接続されたインターフェイスだ。床に刻まれた地図の上を、エネルギーの光が走り、巨神の全身に意識が通っていく様をリアルタイムで表示している。

天から吊るされた巨大な心臓は、比喩ではない。それはエンジンだ。廃墟に満ちる魔力、彷徨う魂の残滓、そして月光さえもエネルギーに変換し、都市の隅々へと送り出す、機械仕掛けの動力炉。そこから伸びる無数のチューブは、この巨神の血管だ。赤い液体は、かつての市場の活気。青い液体は、静かな図書館の叡智。色とりどりのフラスコから供給される液体は、失われた人々の喜びや悲しみ――この都市の生命そのものを運んでいる。

そして、少女が手にした羽ペンが、最後の鍵となる。彼女が空に描くのは、言葉ではない。それは、世界の法則を書き換えるコマンドだ。一つのルーンが描かれるたび、心臓の鼓動は力を増し、チューブを流れる生命の奔流は速度を上げる。

やがて、変化は訪れる。遠く離れた地区で、瓦礫の山がかすかに震える。それは、崩落の震えではない。巨神が、深く、ゆっくりと息を吸い込んだ震えだ。死んだはずの街灯が一瞬、弱々しく瞬き、錆びついた鉄骨が、崩壊ではなく、覚醒を予感して軋む。

胎動が、始まったのだ。

しかし、誰も知らない。この少女が、なぜこれほどの奇跡を起こそうとしているのかを。

これは、創造の儀式か、それとも復活の儀式か。巨神は、世界を再建するために目覚めるのか、それとも、この都市を滅ぼした「何か」に復讐するために目覚めるのか。彼女は、死者との約束を果たそうとしているのか、それとも、生者への忘れられた復讐を解き放とうとしているのか。

その答えを知るのは、フードの奥で静かに羽ペンを走らせる、彼女だけ。

都市は、間もなくその目を開ける。そして、廃墟の中心に立つ、この孤独な少女だけが、その瞳が最初に何を映すのかを知っている。

おんな